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日帰りの旅 #10「鷲宮神社」(後) [日帰りの旅]

 鷲宮神社周辺の散策がひととおり終わったら、いよいよ参拝をすることにした。

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 今ではすっかり「らき☆すた」の舞台というイメージが強くなった鷲宮神社であるが、この神社自体が持つ歴史と伝統は特筆すべきものがある。関東最古の大社と言われており、創建の時期については神代の昔までさかのぼれるらしい。その時期には諸説あるそうだが、時代を特定できないほど古い歴史があるという言い方ができるだろう。
 そもそも鷲宮町自体が鷲宮神社の鳥居前町として発展してきたのだ。「宮」という字が使われている市町村にはそういった歴史がある場合が多いが、鷲宮町も例外ではない。
 これだけの由緒正しいところだからこそ、数々の作品の舞台となっていったのだろう。

 さて、このブログを読んでいて、なぜ参拝をすることにそれほど気負わなければならないのかと疑問に思った方もいらっしゃるかもしれない。その最大の理由は参拝客の行列があまりにも長すぎたからである。列の先は全く見えず、列の最後尾は道路まではみ出していた。私が想像していた以上の混雑ぶりに、一時は並ぶのを躊躇したものである。
 ところが、せっかく神社に行って参拝しないなどということをするわけがない。人の流れに身を任せることにした。普段は時間に追われる生活をしているが、元日くらいはそうした制約もなかった。
 とはいっても今回の相手はなかなか手強かった。参拝するまで1時間20分かかってしまった。ベートーヴェンの第九を最初から最後まで聴いてもまだ余るということか(笑)・・・。

 参拝を終え、境内を歩いていると面白いものが目に入ってきた。絵馬を見ると合格祈願などの定番の願い事だけでなく、「冬コミに受かりますように」などといったものもあった。また、「らき☆すた」のキャラが描かれている絵馬も数多くあった。歴史ある神社にアニメキャラの絵馬というのも、なかなか妙な光景だった。
 ただ、ここでの「恋みくじ」だけはどうしてもできなかった。この神社で「凶」や「大凶」を出そうものなら、二度と立ち直れないほどのショックを受けてしまうかもしれない(苦笑)。

 こうして、今年最初のちょっと変わった旅は幕を閉じたのである。
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日帰りの旅 #10「鷲宮神社」(中) [日帰りの旅]

 せっかく鷲宮を訪れたのであるから、参拝に行く前に周辺を散策してみることにした。

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 鷲宮神社とその周辺では、「らき☆すた」関連のさまざまなものが見受けられた。かつてイベントが行われた際に記念につくられた絵馬や、「らき☆すた」御輿などはその代表的なものである。それだけでなく、作品に出てくるエピソードをモデルにしたグッズも数多くあった。「柊つかさのきちんとしているお弁当」と「柊かがみのとっても質素なお弁当」が、地元の商店らしきところで売られていた。
 鷲宮町が「らき☆すた」にあやかって町おこしをしているということを、しみじみと実感した。

 10年ほど前に「センチメンタルグラフィティ」などの作品の舞台を巡礼していた時のことを考えると、これはものすごい変化である。その当時はアニメゲームなどを追っかけてその場所に行こうものなら、たちまち白い目で見られたのだ。状況が変化してオタク文化も少しずつ市民権を得てきたのではあるが、ここまで地域と一体化してアニメ作品とそのファンが歓迎されたのは、未だかつて無かったことであるように感じた。
 広い視点で見れば、ある作品にあやかった町おこしというのは決して珍しいことではない。NHKの大河ドラマや朝の連続テレビ小説などは、経済効果を全国各地に分散させるために、あらゆるところが舞台になるように選んでいるという話もある。ドラマ映画が持っている経済効果を呼び起こす力を、アニメや漫画が同じように持っているというのはある意味当たり前の話だろう。
 そのアニメや漫画が持っている力を、上手に生かせたことが鷲宮町のすごいところだ。全国的に過疎化が深刻化する中で、この鷲宮町の成功例はひとつのモデルケースになるかもしれない。

 周辺の散策を終えると、いよいよ鷲宮神社に参拝することとした。
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日帰りの旅 #10「鷲宮神社」(前) [日帰りの旅]

今日は春節、すなわち太陰暦の元日であります。中国韓国などでは祝賀ムード一色でしょう。
それにあやかって、日本の太陽暦の元日(すなわち今年の1月1日)の出来事を記していきましょう。
今年の正月は「年越し派遣村」が話題になりましたが、たまには景気のいい話を書いていきます。

 今年の元日には初詣がてら、埼玉県北葛飾郡鷲宮町にある鷲宮神社を訪れた。なお、町の名前は「わしみや」であるが、神社の名前は「わしのみや」である。
 東武鉄道伊勢崎線に乗って鷲宮駅を目指す。ちなみに駅の名前は「わしのみや」である。なお、東武鉄道お客さまセンターのマスコットキャラクターである「姫宮なな」嬢のポスターも拝んでおいた。

 鷲宮駅に着くと、何だかそれらしい人々の集団がいたので後をついていくことにした。そうしたら案の定、迷うことなく鷲宮神社に辿り着くことができた。
 念のために付け加えておくと、この鷲宮神社は伝統ある神社であるのだが、その名前が全国的に知られるようになった理由は別にある。漫画・アニメゲームなどで大人気の「らき☆すた」という作品に、柊つかさと柊かがみという双子の姉妹が出てくるのであるが、その姉妹の実家のモデルとされているのがこの鷲宮神社なのである。
 そのために、大勢のファンがこの鷲宮を訪れることになった。さらに、鷲宮町商工会などもこの動きに積極的に協力しているので、目覚ましいエネルギーに溢れているのである。

 鷲宮神社周辺は「らき☆すた」グッズを売るテントで溢れかえっていた。そこで「ねんどろいど」が売られていた。カプセルに入っていて、おみくじのように引けるタイプである。
 今年最初の運試しは、これをおみくじ代わりにやってみることにした。

タイプは4種類、すなわち確率は4分の1・・・、気合いを入れて引いてみた!

髪の色は・・・紫、すなわち確率は2分の1・・・!!

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大吉きたーーーっ、新年早々縁起がいいぜ!!!

 こうして、最高のテンションのまま鷲宮神社を巡る小さな旅は始まった。

補足 : こんなネタを書きましたが、私は別にかがみ・こなた・みゆきが嫌いなわけではありません。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene* 帰還 [週末の旅 参]

 水前寺成趣園を出たとき、大変なことに気がついた。空港に行くバスが発車するまでほとんど時間が無いのだ。正直なところ、市電で熊本駅に戻っていたのでは絶対に間に合わない。
 そこで目に入ってきたのがJR豊肥本線である。とは言ってもすんなりと普通列車に乗れるような良いタイミングにはなっていなかった。しかたがないので特急列車で熊本駅まで戻ることにする。これだけ短い区間で特急列車を使うのは正直もったいないとも思ったが、背に腹は替えられなかった。

 熊本駅に戻り、大きな荷物をコインロッカーから出すと、熊本空港へと向かうバスに乗り込んだ。ただ、バスに乗り込んでもなかなか安心はできなかった。
 熊本駅から熊本空港まではバスに乗っても結構時間がかかるらしい。熊本の市街地を出るのに時間がかかるからだ。ましてやその時は夕方であり、道路は通勤の自動車で溢れかえっていた。
 ヒヤヒヤしながらバスに乗っていたが、何とか飛行機出発の30分前には空港に着くことができた。

 飛行機に乗り込むと、いろいろと長かった今回の旅を振り返った。今回は「週末の旅」史上では初となる2泊3日の旅であり、かつ訪れた都道府県も5つと過去最高であった。こういった形でしばらく旅モードでいるのもなかなかいいものだと思った。
 とは言っても、以前は一週間以上全国を彷徨っていたこともざらにあったのではあるが・・・。

 やはり、「お金」と「時間」と「体力」はなかなか一緒には揃わないものなのかもしれない。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene20 水前寺成趣園 [週末の旅 参]

 熊本城を後にすると、次は再び市電に乗り込んで水前寺公園電停を目指した。そこから少し歩くと水前寺成趣園へと辿り着く。この水前寺成趣園は、通称として水前寺公園とも呼ばれている。

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 この水前寺成趣園は細川家によってつくられた庭園であり、熊本城と並んで、熊本市内を見てまわる上では欠かすことのできないスポットとなっている。熊本の市街地のすぐ近くにこれだけ大規模な庭園が残されているということを考えても、やはり驚かされる。
 天気が良くなかったのが残念ではあるが、水前寺成趣園のさまざまな表情を見ることができた。

 また、この水前寺成趣園の中には細川家の歴代藩主を祀る出水神社もあった。

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 この水前寺成趣園を歩くと、かつての細川家の栄光を偲ぶことができた。

 水前寺公園を後にすると、いよいよ帰還のために移動することとなった。
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週末の旅番外編 #30「人は石垣、人は城」 [週末の旅番外編]

 本編には書かなかったことですが、熊本城で私が一番印象に残ったものは、実は宇土櫓でも石垣でも本丸御殿大広間でもありませんでした。もちろんそれらの素晴らしさには心を動かされましたが、実はそれ以上に驚かされたものがあったのです。
 それは何かと言いますと、熊本城を支えている人々なのです。

 まず、天守閣内にあった城主芳名板が第一の驚きでした。これは熊本城を復元するために募金をした方々の名前が書いてある板のことです。そんなものはどこにでもあると言われそうですが、熊本城にあるのは並の数ではありません。一体どこまで続いているのだろうと思ってしまうくらい、膨大な枚数が並べられていました。居住地の欄を見てみても、熊本市だけではなく全国各地の地名が書かれていました。城主芳名板だけで一つの展示スペースを埋め尽くしてしまうような城は、私の記憶では他には無かったかと思われます。
 実は今年の元日から、熊本市は「一口城主」といった形で再び復元資金を募っているそうです。この不況下であるにもかかわらず、4日間で1,200万円以上が集まったと言われています。それだけ熊本城を想う人々がいるということと、そういった人々の想いに応えるシステムができているということが言えるでしょう。

 また、熊本城は城内のガイドさんや係の方々がすごく丁寧に対応して下さっているという印象を受けました。そういった縁の下の力持ちの大切さについては書くまでもないでしょう。
 私のような単独の旅人にまでいろいろと説明をして下さったのは、何とも嬉しいものでした。

 これも後日ニュースで聞いたことですが、2008年の熊本城の来城者数は約204万人で、全国の城郭の中で一番多かったそうです。私もその204万人の中の一人ではありますが。
 その理由としては築城400年祭や本丸御殿大広間の公開開始などが挙げられるそうです。しかし私には、そういったハード面もさることながら、人の力というソフト面があってこその全国一位なのではないかと思えました。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene19 熊本城(後) [週末の旅 参]

 宇土櫓を後にすると、次は本丸御殿大広間、そして天守閣へと向かった。

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 実はこの本丸御殿大広間は復元がなされたばっかりで、一般公開が開始されたのは2008年4月のことである。私は以前熊本城を訪れたと書いたが、もちろんここを見るのは今回が初めてである。旅の目的地としてどうしても熊本を入れておきたかったのは、この本丸御殿大広間を一度目にしておきたかったからという理由もある。
 細部にまでこだわって丁寧に復元された本丸御殿大広間を眺めていると、熊本城の往年の姿が目に浮かんできた。日本の伝統によって培われた建築絵画の美しさを再発見することができた。

 本丸御殿大広間の次は天守閣に入った。天守閣内部の展示では、熊本城の歴史、そして西南戦争について細かく記されていた。熊本城が「我が国最後の内戦」と言われる西南戦争において、軍事施設としても重要な役割を担っていたことがよく分かった。
 焼失したという事実が残念でならない。現存していればどれだけ立派な姿だったろうか・・・。

 大天守の上からは、熊本城下の景色を眺めることができた。

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 天気が悪かったのが残念であるが、大天守からは城全体と、その先にある熊本の街の姿を臨むことができた。天気が良い日には阿蘇山もくっきりと見渡すことができるらしい。

 こうして、2度目の熊本城からはさまざまな再発見が得られたのである。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene18 熊本城(前) [週末の旅 参]

 特急「有明」は南へと向かっていき、ついに熊本駅に到着した。濡れた服も少しは乾いてきた。
 熊本駅で大きな荷物をコインロッカーに入れると、路面電車に乗って市街地へと向かった。まずは熊本城の近くのアーケード街で昼食を取ることにする。ここで食べたのは馬ホルモン定食である。熊本と言われれば馬刺しが有名であるが、ホルモンもなかなか美味しいものだった。

 昼食を終えると熊本城に向かって歩き出した。しばらくすると広大な石垣が見えてきた。

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 この熊本城には以前も訪れたことがあるのだが、何度来てもこの広大さには驚かされる。加藤清正公の像に迎えられて中に入っていったのだが、どれが天守であるか分からないほど多くの櫓が備え付けられている。また、当時のまま残る石垣はどこまでも続いていた。
 同じ場所でも、再び訪れればその分だけ新しい発見があるものだとつくづく思った。ただ残念だったのは、実は以前熊本城を訪れたときも天気は雨だったのだ・・・。今回も降り出した雨はしばらく止みそうになかった。

 天候が良くないことがやはり残念ではあったが、気持ちを切り替えてまずは宇土櫓を目指した。

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 熊本城は1877年の西南戦争で大部分が焼失してしまったのであるが、この宇土櫓などいくつかは当時のまま残っている。まずはこの宇土櫓で歴史を感じることにした。
 宇土櫓の中はやはり古いお城ならではの味わいを出していた。全てが木でできた壁や急な階段は何とも言えない。また、宇土櫓の中では係の方がいろいろと細かく解説をして下さった。そのおかげで、この熊本城をつくった当時の人々の考え方を深く知ることができた。こういう旅先ならではの出会いも良いものだ。

 宇土櫓を後にすると、次はいよいよ本丸御殿と天守閣を訪れることにする。

(ひとつの城で前・後編に分かれているのはここが初めてだった。それだけ広大な城なのである。)
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週末の旅 #13「北九州編」 scene17 久留米 [週末の旅 参]

 鳥栖駅から鹿児島本線の普通列車で南へと向かい、久留米駅で途中下車した。
 私は福岡県はたびたび訪れているのではあるが、久留米市がある筑後エリアには降り立ったことがなかった。長距離切符の途中下車を使って、今回の旅で散策してみることにした。

 まずは久留米城趾に向かったのだが、その際に望ましくないハプニングが起こってしまった。大粒の雨が降り出してきたのだ。確かに雨が降るのもごくごく普通の自然現象ではあるのだが、旅の最中には起こってほしくないものだ。
 ずぶ濡れになりながら、やっとのことで久留米城趾へと辿り着いた。

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 久留米城は江戸時代には有馬氏の居城となっていたのだが、明治時代の廃城令によって建物は解体され、現在は本丸跡に篠山神社と有馬記念館があるのみである。ただ久留米城跡地の大部分が、久留米を代表する大企業であるブリヂストンの敷地となっていることを考えれば、久留米のシンボルとしての機能は受け継がれていると言えるのかもしれない。
 久留米城の石垣を見て回り、篠山神社に参拝をすませたら、再び久留米駅に戻ることにした。本当はもう少しまわりたかったのであるが、この雨に濡れた体をどうにかしないとどうしようもなかった。

 久留米駅に戻ると、特急「有明」に乗ってさらに南に向かった。目的地は熊本である。ただ、わざわざ特急列車に乗った理由が、暖房を使って濡れた服を乾かすためであることは言うまでもない。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene16 鳥栖 [週末の旅 参]

 旅の最終日は鳥栖からスタートした。ホテルでゆったりと朝食をとりながら旅のプランを練る。

 まずは鳥栖駅周辺を散策してみようと思ったら、いろいろと面白いものを見つけることができた。

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 鳥栖駅前にあったモノで、最初に驚かされたのがこのSLである。駅のすぐ近くにSLがあるという風景は全国的に見たらそれほど珍しくはないと言われるかもしれないが、鳥栖駅のようなその県を代表するターミナル駅のすぐ近くに置かれている例というのは実はかなり珍しい。
 鳥栖駅は鹿児島本線と長崎本線が分岐する交通の要衝であり、そのため古くから鉄道によって栄えてきた。こういった背景があるので、このSLは鉄道を愛する鳥栖の人々によって今も守られているのだろう。

 また、同じ鳥栖駅のすぐ近くにはこんなモノも存在していたのである。

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 これはベストアメニティスタジアムである。駅の近くにスポーツ観戦施設があるのは珍しくないと言われるかもしれないが、実際はそのほとんどが「その施設のために新しく作られた駅」である。昔からのターミナル駅のすぐ近くに、これだけの施設を作ってしまったという例はやはり珍しい。
 かつて鉄道で長崎から博多に向かったときにも思ったのだが、これだけの施設を鳥栖駅前に作るというのはかなり思い切った決断が必要だったことだろう。しかし、客観的に見るとその決断は間違ってはいなかったのではないかと思う。やはり立地条件の良い場所には人が集まるものである。
 鳥栖駅前をちょっと歩いただけでも、いろいろな発見ができたことは面白いものだった。

 鳥栖を後にすると、次は再び鹿児島本線で南に向かった。次の目的地は久留米である。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene15 鳥栖の夜 [週末の旅 参]

 福岡空港に降り立ったら、そこから地下鉄で天神に行き夕食をとることにする。なぜわざわざ天神に出たかと言われれば、この夜も博多ラーメンが食べたかったからである。しかも前の日と同じ店に行き、違う味付けのラーメンを食べてみることにした。
 味付けが変わればイメージも変わるものである。前の日に食べたこってりとしたラーメンもいいが、この日に食べたあっさりとしたラーメンも美味しかった。やはり数種類を試してみる必要があるだろう。
 ただこのとき、九州に来て麺類ばかり食べていることに気がつかされた・・・。

 夕食を終えると博多駅に行き、コインロッカーから荷物を取りだして、鹿児島本線で南へと向かう。
 ちなみにこの日は宿の事前予約はしていなかった。以前の旅のトラウマがあり、博多駅周辺でホテル難民になるのはこりごりであったし、かといって二日市駅周辺は以前に宿泊している。ここは趣向を変えようと思い、さらに南で宿を取ることにした。最初の候補としてまずは鳥栖駅を目指した。

 博多ホテル難民および二日市宿泊については2007年3月14日の記事を参照して下さい。
  http://blog.so-net.ne.jp/veneer_express_2000/2007-03-14

 鳥栖駅に着いたらすぐにビジネスホテルを見つけることができ、運良くすんなりとチェックインすることができた。ホテルの大浴場で汗を流し、缶ビールを一本飲んだらすぐに睡魔が襲ってきた。やはり対馬で歩いた7kmは肉体的にはかなり効いていたのかもしれない。
 もっとも、私もそろそろこういった健康的な旅を良いと思う年齢に差し掛かってきているのだが・・・。

 こうして、当ブログの「週末の旅」史上では初となる「3日目の朝」を迎えることとなった。もっとも、わざわざ九州など遠いところまで行って日帰りや1泊2日で帰ってくるという旅を繰り返していたこと自体が、世間の感覚からすればズレているのかもしれないが・・・。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene14 対馬(4) [週末の旅 参]

 対馬空港に着くと、搭乗の時間までゆっくりと過ごすことにした。

 まず対馬の名産と言ったら、最初に思いつくのはやはり椎茸であろう。昼食に食べた「どんこ」入りうどんも何とも言えない味だった。私が今まで椎茸だと思っていたものは本当に椎茸だったのか!?、といったことを思ってしまうくらい、対馬の椎茸には旨味が凝縮されていた。
 対馬と椎茸の関わりは想像以上に深いらしく、次のような風景を見ることもできた。

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 これは万関橋付近にあった建物である。観光用なのであろうが、ここまで椎茸になぞらえた建物は滅多にお目にかかれない。ちなみにこの建物はただの公衆トイレにすぎないのだが。
 まずはお土産として干し椎茸を購入した。私が食材を購入するのは滅多にないことではあるが。

 また、対馬の菓子としては「かすまき」が挙げられる。これはカステラの生地で餡を巻いたものだ。つい最近の商品かと思いきや、江戸時代から伝わる伝統的な菓子であるらしい。
 実際に食べてみると、カステラと餡が上手くマッチしていてなかなか美味しかった。

 さて、いよいよ飛行機に乗り込んで福岡に戻ろうかと思った矢先、機体の都合で出発時刻が大幅に遅れるというアナウンスが流れた。このアナウンスを聞いたとき、私は心底ほっとしていた。
 実は今回の旅は当初の計画では1泊2日であり、空路で対馬から福岡または長崎を経由して羽田に戻る予定であった。ところが飛行機が遅れたときのリスクを考え、無理して2泊3日に伸ばした経緯がある。当初の計画で進めていったら帰りの飛行機には確実に乗れなかっただろう。
 そう考えると今回の旅は、何とも絶妙なプランでまとまっていたということになる。

 そんなことを考えながら、残りの時間を対馬空港で過ごした。対馬空港では売店と食堂が一緒になっており、何ともアットホームな作りをしていた。大きな空港で彷徨ってみるのも悪くないが、こういう島の空港の雰囲気を楽しむのも別の面でいいものだった。
 やがて1時間ほど遅れて飛行機はやってきたので、そのまま搭乗口へと向かう。遅れた時間を少しでも取り戻そうとしていたのか、飛行機はすぐに飛び立った。眼下には複雑な形をした対馬が、光の点の集合として映し出されていた。そのずっと向こうには釜山の灯が見えるのではないかとも思ったのだが、残念ながらよく分からなかった。

 それからしばらくして、飛行機は福岡空港に到着した。こうして対馬での時間は終わりを告げた。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene13 対馬(3) [週末の旅 参]

 万関橋近くの展望台に登ると、バラエティーに富んだ対馬の風景を眺めることができた。

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 対馬はもちろん海に囲まれた島であるが、その一方で山に囲まれた島でもある。展望台の上からは数々の山々を臨むことができた。典型的なリアス式海岸の浅芽湾と、険しい対馬の山々とのコントラストは何とも見事であった。
 こういった絶景にあふれた展望台の上で、しばらく静かな時間を過ごしていた。

 万関橋付近でしばらく時間を過ごしたのだが、そこで大変な事実に気がついた。帰りのバスを待っていると飛行機の時間に間に合わないのだ。しかたがないので歩いて対馬空港に戻ることにする。標識を見ると約7kmであった。旅先での7kmは大したことがないと思えるのが不思議だ(笑)。
 対馬の風景を眺めながら歩いていったのだが、その時ある重大なことが頭をよぎった。あまりのんびりと歩いていると日没を迎えてしまうのだ。日が沈んでから独りで知らない道を歩くのは自殺行為である。そのことに気がついてからは、風景を眺めるといった悠長なことは言っていられなくなり、ただひたすらに対馬空港を目指した。
 こういった展開は今思い出してみるといい思い出ではあるが、その時はただただ必死だった。

 しばらく歩くと、とうとう対馬空港に到着した。これで対馬の旅も大きな事故無く終了した。
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この時はそのように思っていたのだが、まだまだ対馬の試練は終わらなかったのである。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene12 対馬(2) [週末の旅 参]

 対馬歴史民俗資料館を後にすると、次は対馬空港へと向かった。実は当初の予定では同じ厳原港からフェリーに乗って帰ろうと思っていたが、それではあまりにも対馬滞在時間が短くなってしまう。飛行機出費がかさむが、不完全燃焼で終わる旅による損失にくらべれば大したことはなかった。

 路線バスで対馬空港に行き、福岡行きの航空券を購入した。実はプライベートの旅で普通運賃で飛行機に乗るのは生まれて初めてだったりする(笑)。あれだけ飛行機に乗っていることを考えると、一種の驚きを感じてしまう。
 とりあえずは帰りの手段も確保したのだから、引き続き対馬の姿を楽しむことにする。運良く別の路線バスに乗れたので、さらに北へと向かう。ただ、あてもなく路線バスに乗る客というのはおそらく滅多にいないのだろう。私の曖昧な態度は、少々運転手さんを困らせてしまったようだった。

 路線バスで北へと向かい、降り立った場所は万関橋だった。

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 かつて対馬はひとつの島であったが、現在は人工的につくられた万関瀬戸と大船越瀬戸により3つに分割されている。もちろん橋によって一本につながっているが、切れ目であることは確かだ。この万関橋は対馬を語る上では重要なポイントであり、ここを境に南部と北部に分かれているそうだ。
 この万関瀬戸は1900年に旧日本海軍によって開削された場所である。この場所から海を眺めていると、対馬の自然環境と、それを発展されていった人間の努力を感じることができた。

 万関橋からすぐ近くのところに展望台があった。そこからは対馬の風景を眺めることができた。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene11 対馬(1) [週末の旅 参]

 ジェットフォイルは厳原港へと到着した。ここから対馬の旅が始まった。

 まずはタクシーに乗って厳原の中心部へと行くことにした。もっとも厳原港から厳原中心部へは歩いても大したことはなさそうだった。とは言ってもタクシーに乗って地元の方と話すのもいいものである。
 厳原の中心部に着くと、まず書かれている文字に驚かされた。

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 ただの郵便局・・・、かと思いきやそうではない。看板の文字が日本語ハングルの2種類で併記されているのだ。確かに日本語と英語が併記されている例はごく当たり前であるし、日本語・アルファベット・中国簡体字・ハングルの4種類が併記されている標示ももはや珍しくなくなった。しかし、これだけハングルが大きく使われている例は私が普段生活しているエリアでは見たことがない。
 ところが驚きはそれだけにとどまらなかった。厳原中心部のスーパーに入ってみると、商品の種類を示す標示が日本語とハングルで併記されていた。また、スーパー内で昼食として「どんこ」が入ったうどんを食べることにしたのだが、そこのメニューでもハングルが登場してきた。気がついたらいたるところハングルだらけだった。
(ちなみに「どんこ」とは椎茸の種類で、この対馬の名産である。)
 これらの標示は対馬が国境の島であることを雄弁に物語っていた。

 その近くの対馬歴史民俗資料館に入ると、朝鮮半島との繋がりをさらに深く実感させられた。

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 ここでは江戸時代の朝鮮通信使を中心に、対馬と朝鮮半島との繋がりが詳しくまとめられていた。また、対馬は歴史的な観点だけでなく、生物学的観点や考古学的観点からも大陸に近いことが分かった。日本列島のいたるところに行ってきた私であるが、ここまで外国との繋がりを強く感じさせる場所は他になかなか思いつかなかった。
 そして私が一番驚いたのは、対馬から撮られた釜山の夜景写真である。陸地からここまでくっきりと撮影できるのかと驚いてしまった。対馬の方々は、海の向こうに別の国があるということを文字通り目の当たりにしてきたということだ。

 厳原で対馬の歴史を学んだ後は、さらに北へと向かうことにした。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene10 対馬へ [週末の旅 参]

 九州北部の旅も2日目を迎えた。この日は国境の島である対馬へと向かう。
 宿を出て、バスで博多港のフェリーターミナルへと向かう。間違えて韓国:釜山に向かう国際ターミナルに入ってしまうというちょっとしたアクシデントはあったが、予定どおりに辿り着くことができた。

 ここからはジェットフォイルで一気に対馬を目指す。ジェットフォイルと言えば、以前の旅で新潟と佐渡を往復したときに乗ったことがあった。水上をかなりのスピードで走っていくのは爽快である。
 壱岐まで1時間、そして対馬まではさらに1時間ということだ。この速さにはあらためて驚かされる。

 佐渡汽船のジェットフォイルについては2006年10月22日の記事を参照して下さい。
  http://blog.so-net.ne.jp/veneer_express_2000/2006-10-22

 船内から見える景色もなかなか面白い。海からでないと見ることができないものばかりだ。

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 しばらくすると経由地である壱岐に到着した。入港したのが芦辺港だったということもあり、懐かしさがこみ上げてきた。あの時は壱岐牛が食べられる食堂で昼食をとり、その近くでレンタカーを借りて、最後のガソリンはあそこのスタンドで入れて・・・、といった記憶が次々によみがえってきた。
 不思議なもので、一度旅した風景を再び眺めたときは懐かしさを感じるのと同時に、妙な安心感をおぼえるのだ。行ったことがあるのはその一回限りだというのに、何とも不思議なものである。

 壱岐の旅については2007年12月20日・22日・23日の記事を参照して下さい。
  http://blog.so-net.ne.jp/veneer_express_2000/2007-12-20
  http://blog.so-net.ne.jp/veneer_express_2000/2007-12-22
  http://blog.so-net.ne.jp/veneer_express_2000/2007-12-23

 壱岐を出ると、さらに船は北に向かって進んでいく。そしてついに今回の目的地である対馬に辿り着いた。ここから先は未知の世界である。何とも言えない興奮を感じてきた。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene9 福岡の夜(後) [週末の旅 参]

 夕食を終えると、いよいよその日の宿に向かうことにした。

 まずは天神のバス乗り場を探してみたのだが、迂闊なことにどのバスに乗ればいいのか分かっていなかった。宿に向かうだいたいの目印は調べていても、バスの系統をチェックしていなかった。
 しかたがないのでタクシーで向かうことにした。想定外の出費だったがそれほど痛くはなかった。
 今回の宿は、インターネットで検索をした中で最も値段が安かった。私が予約したプランでは、何と2,500円で宿泊できる。タクシーでかかったコストを加えても、普通のビジネスホテルの半分くらいの値段で泊まれるのだ。
 久しぶりに節約旅行の醍醐味を味わってみるのも、なかなかいいものである。

 その宿はホテルというよりもビルのようで、部屋の中には布団とストーブなどが置いてあるだけだった。もちろんトイレシャワーは共用である。こういった宿が福岡の中心部近くにあるというのも、なかなか妙な感じがした。
 それよりさらに驚いたのが、館内の掲示物にはいたるところにハングルが使われていた。この光景を見ていると、九州では韓国からの旅行客が来ることはもはや日常のことになっているのだということを実感させられた。ちらっと宿泊者名簿を眺めてみても、韓国、中国、あるいは台湾からと思われる名前が多く見受けられた。

 この日私が止まったプランは「ドミトリー」といって、一人旅の旅行者がルームシェアをしながら宿泊するプランである。かつてはユースホステルで何度も経験していたが、近年はビジネスホテルでの宿泊が増えてきて久しく味わっていない感覚だった。どんな方と一夜を過ごすことになるのだろうと思うと、期待と不安でいっぱいになった。
 ところが、実際には私の部屋には誰も入ってこないまま朝を迎えてしまった。淋しいような嬉しいような、何とも複雑な心境になった・・・。
(念のために書いておきますが、「ドミトリー」とはいっても同性の客としか同室にはなりません。)

 非日常の宿で一夜を明かし、この旅も2日目を迎えた。この日は対馬に向かうことにした。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene8 福岡の夜(前) [週末の旅 参]

 0系との旅を終え博多駅を後にした。この日に予定されていたコースは全て回ることができた。

 少々時間があったので、まずは福岡交通センタービル6階にある紀伊國屋書店に入り、いろいろな本を眺めた。この書店はとにかく広く、さまざまなジャンルの本が充実していて圧倒された。とは言っても予算にも限りがあるし、何より本を買いすぎると荷物が重くなり旅に支障が出る。ここはお目当ての本のみを買うことにした。
 続いて7階に向かい、ナムコワンダーパークでQMAタイムに入る。当たり前のことだが私のキャラの下にはピンク色で「福岡」という地域名が入っていた。普段の地域名は青色や緑色なので、ちょっと新鮮な気持ちでプレイができた。
 結局、旅先でもやっていることは同じである。時間の関係でゲーマーズには寄らなかったのだが。

 福岡交通センタービルを後にすると、夕食をとるために天神に向かう。もちろんお目当ては博多ラーメンだ。事前にリサーチをしておいて、一直線にお目当ての店に向かう。博多は以前にも何回か訪れたことがあるので、そのあたりの情報は徐々に固まりつつあった。
 やはり何度食べても博多ラーメンは旨い。特に「替え玉」の偉大さにはあらためて凄さを感じた。

 博多ラーメンに対する思いは2007年12月8日の記事を参照して下さい。
  http://blog.so-net.ne.jp/veneer_express_2000/2007-12-08

 夕食を終えるといよいよ宿に向かうことにした。この夜の宿ではなかなか面白い経験ができた。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene7 0系との最後の旅(4) [週末の旅 参]

 やがて0系は徐々にスピードを落としていき、車内には間もなく終着駅に辿り着くというアナウンスが流れた。乗客たち(そのほとんどが鉄道好き(テツ))も慌ただしく下車の準備をし始めた。
 ついに0系は博多駅のプラットホームに静かに入っていき、そしてゆっくりと停車した。

 博多駅のプラットホームは、0系の姿をデジカメ携帯におさめようとする鉄道好き(テツ)で溢れかえっていた。私自身もその中の一人であったことは今さら書くまでもないが。

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 私は、というよりもそこにいた鉄道好き(テツ)たちは、0系の姿を一枚でも多く残しておこうと必死だった。ここで頑張らなくても、いずれ大宮(鉄道博物館)に行けばいくらでも見られるという考え方もあるだろうが、そうではない。鉄道は実際に走っていてこそ真価が現れるものだと思っている。
 とはいっても名残を惜しむ時間がそれほど長く用意されているわけではない。終着駅到着後の僅かな時間は瞬く間に過ぎ去り、いよいよ0系が車庫へと還っていく時がやってきた。

 大きな警笛を鳴らしながら、0系は去っていった。私は0系に向かって最初は敬礼をし、そして0系の姿が小さくなっていくと大きく手を振った。「ありがとう」と、大声で何回も叫んだ。
 こうして、私にとっての0系との最後の旅は静かに幕を下ろした。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene6 0系との最後の旅(3) [週末の旅 参]

 「あなたが初めて新幹線に乗ったのは、いつですか?」という質問に、私は答えられない。

 それだけ、私の幼少期において新幹線は身近な存在だった。母が静岡出身ということもあって頻繁にこだま号に乗車していた。また、祖父の故郷に行くために山口県まで向かったときもあった。さまざまな記憶が次々と湧き出てくるので、果たしてどれが最初であるかということは特定できない。
 物心ついた時から新幹線に普通に乗っていたというのが実情である。そしてそれはすなわち、幼い頃から0系がある風景の中で生きてきたということでもあるだろう。

 0系との思い出についてはこんなエピソードもある。中学の修学旅行で、私の友人がデッキにあるスイッチ類にイタズラをして、それが先生に見つかってこっぴどく叱られていたということもあった。JR東海の立場からしてみれば、よくある思春期の出来心といった言葉で片付けられる問題ではないかもしれないが、今となってはいい思い出だ。
 そんなエピソードを思い出したら、0系が人やモノと一緒に数多くの思い出を運んできたことに気付かされた。これは私だけでなく、多くの日本人が0系との思い出を持っていることであろう。

 そんなことを振り返っていると、ついにあの音楽が流れてきた。
「タンタタタ タンタタタ タンタタタンタン タタタタタ」(文字だけでは音が流せないのが辛いですね。)
そして、その後しばらく長い沈黙が続く・・・。

 間もなく終着駅であることが告げられた。そしてそれは、0系との別れの時を意味していた。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene5 0系との最後の旅(2) [週末の旅 参]

 0系に乗り込むと、最初の時間帯は撮影会になった。自分でも予想していたとおりであるが。

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 座席、電光掲示板、電話、洗面台、くずもの入れ、トイレ・・・、0系の中にあった様々なものがとてつもなく貴重な存在のように思えてきた。考えてみれば0系はスピードだけでなく、車内環境においても極めて高いクオリティを保っていた。トイレやゴミ箱がハード・ソフトの両面で清潔に保たれているからこそ、長距離の移動が苦にならなかったのであろう。そこにあったのは、半世紀近くにわたって0系を支えてきた名脇役たちの姿であった。
 その0系内部の姿を記録と記憶に残すために、必死にデジカメ撮影をするのと同時に、じっくりと自らの目に焼き付けておいた。それらの姿を見られるのは、あとほんの少しだった。

 急行銀河が去ったときにも思ったのだが、私たちが当たり前だと思っている風景は当たり前のものではない。どんなものであっても、いつかは時間の流れの中に消えていく運命なのだ。そんな中で私たちが大切にしなければいけないのは、やはり一期一会の精神なのかもしれない。そしてそれは全てに通ずることなのであろう。
 そんなことを急行銀河、そして0系に教わったような気がした。

 急行銀河については2008年3月12日・13日の記事を参照して下さい。
  http://blog.so-net.ne.jp/veneer_express_2000/2008-03-12
  http://blog.so-net.ne.jp/veneer_express_2000/2008-03-13

 ひととおりの撮影を終えると、座席に戻って0系との思い出を振り返った。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene4 0系との最後の旅(1) [週末の旅 参]

 中津駅に戻ると、特急「ソニック」で小倉駅へと向かった。いよいよその時が近づいてきた。

 小倉駅に降り立ち、新幹線ホームに向かった。0系の出発まではまだ30分以上あるという状況だったが、見送るために待っている方々が随所に見受けられた。テレビカメラまでもが来ていた。番組収録のことを考えるならば、終点の博多駅で撮ったほうが画になると思うのだが。
 また、ホームにはJRの係員だけでなく、警備会社の方々もスタンバイしていた。私の記憶では、福岡県警も出動していたように見えた。それだけ大イベントだということである。

 0系が到着する時間が近づくにつれ、期待と不安が入り交じった感情が高まってきた。何しろ超プラチナチケットである。私の手に入れた切符が本当にそれなのか、妙な不安を抱くようになった。そもそも鉄道好きであれば、わざわざ終点の1つ手前の小倉駅で下車することはあり得ないだろう、もしも自分が座るはずの席に別の誰かが座っていたらどうしよう、面倒なトラブルを対処している時間は全く無い・・・、といった不安が次々と沸いてきた。
 プラスの感情だけでなく、同時にマイナスの感情も吹き出させることによってバランスが取れているのかもしれない。逆に言えば、それだけ私の中に沸き続けた期待が大きすぎて制御できなくなりそうなので、心が何とか体制を保とうとしているのだろう。

 その時はついにやってきた。0系が小倉駅に姿を現した。プラットホームからは羨ましげな視線をいっぱいに浴びながら、私は0系に乗り込んだ。20分間だけの、0系との最後の旅がスタートした。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene3 福澤諭吉旧居 [週末の旅 参]

 中津城からしばらく歩くと、福澤諭吉旧居に辿り着いた。
(実際には、方向音痴が災いして右往左往しながらやっと辿り着いたのであるが・・・。)

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 中津が育んできた蘭学の流れの集大成が福澤諭吉であるといった言われ方があるように、中津の方々の福澤諭吉への想いは深いものがある。また、福澤諭吉自身も郷里:中津を大切にしたそうだ。
 福澤諭吉と言われれば、多くの方は「一万円札」や「慶應義塾大学」といったイメージが先行するかと思われる。しかし、やはり明治維新を学問という面で支えてきたという功績を決して忘れてはならないだろう。明治の状況下において学問を発展させたという功績は、その時代を創り上げた志士たちのそれと何ら変わることはない。

 福澤記念館には、こうした福澤諭吉に関する資料が充実していた。また福澤旧居を歩いていると、ごくありふれた当時の日本の一室から、学問を通じて世界を眺めていたことが感じられた。
 とは言いつつも、一番印象深かったのはA000001Bの一万円札だったりするのだが(笑)・・・。
(しかも新・旧両方が並んでいるのは何ともすごいものである。)

 福澤諭吉旧居を後にすると、再び中津駅に戻った。これから今回の旅のメインテーマが始まる。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene2 中津城 [週末の旅 参]

 中津駅に着いたら、駅前のうどん屋で食事をしながら今後のプランを考えた。確かに青の洞門は捨てがたい。ただ城下町に来たのであれば、城を訪れるべきであるというのが私の結論であった。
 中津駅からしばらく歩くと、中津大神宮と中津城が出迎えてくれた。

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 中津は前野良沢・奥平昌高・村上玄水など、多くの蘭学者を輩出した街である。この蘭学の発展は江戸時代のみに留まるのではなく、その後の日本の近代化に多大な影響を与えた。
 私は、たしかに日本史の教科書で名前を覚えたのだが、それぞれの人物がどのような生き方をしてきたかということは、中津を訪れるまであまり感じてこなかった。当時の状況下において外国の学問を学ぶことは、大変なことであると同時に、国全体の発展に資する営みであったことだろう。
 我が国の近代化の礎を築き上げた中津の蘭学者たちには思わず頭が下がった。

 また、中津城には同じ大分県出身の大横綱:双葉山に関する展示もあった。あの大横綱:千代の富士ですら超えることができなかった69連勝という大記録は、この双葉山がつくったものである。
 角界を支えてきた大横綱の姿は、やはり何とも言えない風格があった。

 中津城を後にすると、次は福澤諭吉旧居へと向かった。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene1 中津 [週末の旅 参]

 かなりご無沙汰してしまったが、当ブログの名物企画「週末の旅」の新シリーズが始まった。

 まずは羽田空港に向かい、そこから飛行機北九州空港を目指す。旅のメインテーマが「初代新幹線0系」であるにもかかわらず、空路で九州に向かうというのも少し妙な展開ではあると思うが。
 当日の九州北部では雪が降っていたため、すんなりと降りられるかが懸念されていた。「北九州空港に着陸できないと判断された場合には、福岡空港に着陸する場合もあります」といったアナウンスまで流されたのでかなり焦った。仮に福岡空港に着陸してしまった場合、旅の行程が大幅に狂ってしまうことになる。
 といった心配が尽きなかったのだが、天候は比較的安定してきて、無事に北九州空港に到着した。

 北九州空港からバスで朽網駅まで行き、そこから行橋駅を経由して中津駅に向かった。以前の旅では苅田駅を利用したので、北九州空港の最寄り駅2つを制覇したことになる(笑)。
 また、朽網駅に向かう途中に「からつバーガー」のワゴンが見え、懐かしさがこみ上げてきた。

 以前の旅での苅田駅利用については2007年3月3日の記事を参照して下さい。
  http://blog.so-net.ne.jp/veneer_express_2000/2007-03-03
 からつバーガーにまつわる話については2007年12月15日の記事を参照して下さい。
  http://blog.so-net.ne.jp/veneer_express_2000/2007-12-15

 中津駅に着くと、福澤諭吉像と小便小僧が出迎えてくれた。

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 この中津から、九州北部の旅はスタートしたのである。
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週末の旅 #13「北九州編」 scene0 0系を追いかけて [週末の旅 参]

 今回の旅は「0系を追いかけた旅」であると言うことができるだろう。何しろ、その指定席券を運良く手に入れることができたために、行き先そのものが九州になったのである。

 それだけ初代新幹線0系が去ってしまうのは淋しい。これは何も私だけの感覚ではないだろう。
 子どもの頃に抱いた「超特急」に対する途方もない憧れは、どんなに新型車両が出てきたところで変わることはない。その「超特急」を黎明期から支えてきた0系には、畏敬の念を抱かざるをえない。
 この0系に、最後にもう一度だけ乗りたいという強い情熱から、今回の旅は形作られていった。

 思えば妙な構図かもしれない。今まで移動手段のように思ってきた0系そのものが、今回は旅の最大の目的になるのである。ただ、私にそんなことを考える余裕は無かった。考えられるのは、0系との残り僅かの時間をどのように過ごすかということだけだった。
 それだけ0系との間にはたくさんの思い出がある。それは多くの日本人に共通することだろう。

 こうして、週末の旅シリーズ3回目となる九州北部への旅が始まった。
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裁判員候補者への通知 発送開始 [時事ネタ]

 裁判員候補者への通知が最高裁から郵送されたそうですね。全国で約295,000人ですから、標準的な県庁所在地の人口とほぼ同じ数です。
 約30万人の方々の声は、いろいろな問題点を浮き彫りにさせてくれることでしょう。

 この裁判員制度について語られる上で、人を裁くことの重大さや、秘密を漏らした場合の罰則については頻繁に取り上げられるにもかかわらず、国民を強制的に招集することに対する弊害についてはほとんど語られていないことに、私はいつも不思議に思っていました。そして、実際に候補者が決まってからその点の重大さがやっと検証されていくのかもしれません。
 よく「主要企業」を対象に裁判員への休暇をどのように扱うかといったアンケートがなされますが、実際は中小企業で働いている国民のほうがずっと多いのです。そして中小企業においては、ある人がいなくなってしまうと業務がストップしてしまい、数十万円の損害が出るといったケースもあります。もちろんそういったケースについては裁判員を辞退することが法律で認められていますが、問題はそういった一つ一つの例を裁判所が正しく判断できるかどうかです。
 また派遣労働者にとっては、裁判員になるために仕事を空けることにより、仕事を失ってしまうのではないかという恐れがつきまとうことでしょう。裁判員になったことを理由とした不当解雇は法律で禁止されていますが、これだけ非正規雇用者が多い中では意味がありません。「解雇」の理由ではなく「契約終了」の理由でしたらいくらでもこじつけられるのですから。

 そもそも裁判員(すなわち国民)に対しては、秘密漏洩などに対する罰則が事細かに記されているにもかかわらず、裁判員に選出されたことによって国民が不利益を受けた場合の補償については何も記されていません。これでは国民の信頼が得られるわけはないでしょう。
 無理して来年5月から実施するメリットは、ほとんど無いように思うのですが。

 こんな見切り発車のままでは、いずれは「裁判員に選出され不利益を被ったとして、国や企業を相手に(民事)裁判を起こす」というケースが多発するかもしれません。その場合、確かに「裁判を国民に身近なものにする」という当初の目的は達成されるのかもしれませんが(苦笑)。
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マスクの季節 [季節ネタ]

これから来年の春まで、長い長い「マスクの季節」に入るのかと思うと憂鬱です。

ただ現在でも、電車の中などは雑菌の巣になっていることでしょう。
街を歩いていても、咳をしたり嚔をしたりしている方はしばしば見かけます。
これから冬にかけて風邪があちこちで流行ることになるかと思います。

実は私は喉が弱いので、この時期になると外出中のマスクが欠かせなくなります。
不便だったり見栄えがよくなかったりはしますが、風邪の予防には効果を発揮しますから。
見てくれよりも実を重視するようになったということは、私も年をとった証拠でしょうか!?

とは言っても、花粉の時期のマスクに較べればまだまだ対応できるレベルではありますが。
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週末の旅番外編 #27「初代新幹線0系のチケット」 [週末の旅番外編]

今日、何とも言えない幸運が舞い降りてきました。
初代新幹線0系の指定席券というプラチナチケットを手にすることができました!!

初代新幹線0系が、今月末で定期運転を終了することはニュースなどで頻繁に伝えられています。
そのために、現在運行されている「0系こだま号」の自由席は連日のように混雑しているそうです。
ましてや、「0系こだま号」の指定席券を今から手に入れることはかなり難しいでしょう。

また、12月には「0系さよなら運転」といった形で、臨時列車が運行されることになっています。
とは言っても、その臨時列車は全席指定でして、指定席券が手に入らないことは同じです。

今回私が手に入れたのは、その「0系さよなら運転」の指定席券の1枚です。
仕事帰りに券売機の端末の前で検索するのが、ここ数日はまるで日課のようになっていました。
粘ってみた甲斐がありましたね。何とも言えない嬉しさが込み上げてきました。
(私の後ろに並んでいた皆様、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした。)

とは言いましても、乗車区間は小倉→博多だったりします(笑)。
(ちなみに私は関東地方在住です。一番遠い区間が残っていたという言い方もできます。)
とりあえずは、0系をメインに旅の計画を練ることにしようかと思っています・・・。
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クイズマジックアカデミーV 3つ目のSランク [QMA]

今日、クイズマジックアカデミーVで3つ目の検定試験Sランクを獲得しました。
ついにトレイン検定で、念願のSランクの称号を得ることができたのです。

私は鉄道好きではありますが、車両の区分や海外の鉄道などにはめっぽう弱くて苦労しました。
そうは言いつつも、何クレジットもプレイしていればいずれは道が開けてくるものです。
スコアが2,500点を超えた瞬間には、何とも言えない達成感に包まれましたね。

ただ、これでエリーザ先生解禁かと言われれば、実はそうではなかったりします。
90年代検定と理科学検定はメインカードで、トレイン検定はサブカードで獲得したのです。
検定の成果を統合することはできませんから、何とも中途半端な状態になっています。

要はメインカードでトレイン検定Sランクを取ればいいのですが、さらなる労力を要しそうです。
現在は青銅賢者カンスト直前で、魔法石をためても意味がないというジレンマも抱えています。

検定試験もカンストも、簡単に乗り越えてしまえるだけの実力があれば悩まなくてすむのですが。
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